雷 (かみなり)
鎌倉での商いが芳しくない藪医者〔薬師〕は、生活の拠点を奥州(東北地方)へ移そうと考え長旅に発ちます。道中武蔵野(関東平野)に差し掛かると、それまでの天候が一変し雷鳴轟き、何と眼の前に雷様が落ちてきます。したたかに腰を打ち付け苦しむ雷に対して、薬師は脈を調べたり針療法を試すなど治療を施すと・・・。
信仰の象徴ともなる《雷神・鳴神》として本来は強者であるべき雷様が、狂言では弱々しく藻掻き痛がる様が可笑しみと哀愁を誘います。
雷の正体がまだ解明されぬ時代に於いて、雷の発生は正に〝神鳴り〟、人間に対する神々の怒りとして怖れられた事でしょう。かつて菅原道真の亡霊が怒りに満ちて雷となり都に降り注いだ時、氏の領地桑原(くわばら)にだけは落雷がなかったとの言い伝えから、落雷を防ぐ呪文として『桑原・桑原』と繰り返し唱えると被害から逃れられるとも云われています。
流派によっては「神鳴」と表記し、京都(都)の藪医者という設定もあり、また治療の診断が《脳卒中》で「ある」「なし」の違いがあるなど異同が見られます。